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広島高等裁判所 昭和38年(ネ)103号 判決 1966年12月20日

控訴人

中川輝一

右訴訟代理人

謝花寛済

被控訴人

梶山正一

右訴訟代理人

広沢道彦

桑原五郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人が当審において拡張した請求を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、当審において請求を拡張し、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対して、金二〇〇万円(うち、原審における請求額は金一五〇万円)とこれに対する昭和三三年三月二九日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

<中略>

控訴人は、昭和二〇年一〇月二二日、被控訴人から本件宅地および家屋を買い受けてその所有権を取得したのであるが、被控訴人は、昭和一八年一月二五日従来の借主小辻貞一に右宅地および家屋を売り渡した旨の虚偽の主張をし、同人に右宅地および家屋を占拠させ、同人と共同して、控訴人の所有権を侵害したものである。右は被控訴人と小辻との共同不法行為である。

控訴人は、従前主張のような被控訴人の本件不法行為により、本件宅地家屋の使用収益を妨げられたため、右宅地に対する昭和二八年度から昭和三三年度までの課税額二万六九一七円、右家屋に対する昭和二八年度から昭和三三年度までの課税額一万九一六二円、合計四万六〇七九円に相当する財産上の損害を蒙つた。

また、控訴人は、被控訴人の本件不法行為により、その品位と信用を害されたため、精神上の打撃を受けたが、その慰藉料額は金四五万三九二五円が相当である。

被控訴人は、控訴人に対して、以上合計五〇万〇〇〇四円の損害についても賠償する義務がある。

そこで、控訴人は、被控訴人に対して、従前主張の賠償額三一三万〇三九〇円に前記五〇万〇〇〇四円を加算した合計額中三六三万〇三九〇円のうち金二〇〇万円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三三年三月二九日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

なお、被控訴代理人広沢道彦のなした本件訴訟行為が、弁護士法第二五条第四号に抵触し無効である旨の主張は、これを撤回する。

二、被控訴代理人は、次のように述べた。

控訴人の右の主張事実を否認する。

三、証拠<省略>

理由

控訴人が、昭和二〇年一〇月二二日、被控訴人の代理人と称する梶山モトから原判決添付別紙目録記載(イ)(ロ)の本件宅地および右(イ)の宅地上にある(ハ)の本件家屋を代金二万円で買い受け、(イ)の宅地については昭和二〇年一二月一一日、(ロ)の宅地については昭和二一年四月二日、それぞれ、所有権移転登記を経由したこと、右(イ)(ロ)の本件宅地について、被控訴人が、昭和二一年五月一一日、控訴人を相手取つて、山口地方裁判所に、控訴人主張のように、梶山モトの無権代理ないし要素の錯誤による右売買契約の無効或は右売買契約の解除を主張して、前記各所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴を提起し、同時に、これを本案とする控訴人主張のような本件宅地の処分禁止の仮処分申請をなし、申請どおりの仮処分決定を得て執行したこと、右本案訴訟が控訴人主張のとおりの経過によつて、第一審では被控訴人が勝訴したが、第二審に至つて被控訴人が敗訴し、上告したが、昭和三〇年四月二六日上告棄却となり、被控訴人の敗訴の判決が確定したことは当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人が、故意または過失によつて右のような訴を提起したものとして、不法行為の成立を主張するので、この点について検討する。

被控訴人の提起した右の訴訟が、前記のように、上告審の判決において被控訴人の敗訴に終り、結果的には理由のない不当な訴訟であつたことが明確にされたわけではあるけれども、その一事により、右の訴の提起が被控訴人の故意または過失によつてなされたものであると速断するわけには行かない。かえつて、<証拠>によれば、右訴訟における重要な争点の一は、被控訴人の出征不在中に被控訴人の養母梶山モトが被控訴人を代理して本件不動産を控訴人に売却する権限を有したか否かにあり、その事実認定はきわめて微妙な問題であることが明らかであり、<証拠>によれば、被控訴人の出征不在中に、養母の梶山モトが被控訴人に無断で被控訴人の名で弁護士大田信吉に訴訟委任をし、同弁護士によつて昭和二一年五月一一日前記訴の提起がなされたものであり、被控訴人も同年六月下旬復員後、右訴の請求原因として主張されている事実を正当と信じ、そのまま引き続いて訴訟追行を同弁護士に一任し、第一審において勝訴したものであることが認められる。右の事実によれば、被控訴人が右のような訴を維持し得るものと信じ上告審まで争つたことについては、相当な理由があると認められるから、右のような訴を上告審まで維持したことについて、被控訴人に過失があるとはいえない。この点について、他に、被控訴人の故意または過失を認めるに足りる証拠は存在しない。

次に、控訴人は、被控訴人の前記仮処分の執行について不法行為の成立を主張するので、この点について判断する。

一般に、仮処分については、本案訴訟で債権者敗訴の判決が確定した場合には、債権者に過失があるものと一応推定するのが相当であり、本件仮処分についても、前記のとおり、本案訴訟で債権者たる被控訴人敗訴の判決が確定したのであるが、前記のような本件事案の性質、本案訴訟の経過に弁論の全趣旨を綜合すれば、被控訴人が前記訴訟につき勝訴を信じたことについては相当の根拠があるものというべきであり、また被控訴人の出征不在中に梶山モトが被控訴人名義を以て右本案判決の執行保全のため、右本案訴訟の提起とともに、本件宅地の処分禁止の仮処分申請をし、その仮処分決定を執行したことには無理からぬものがあるから、本件仮処分の執行を続行するについては、被控訴人に過失があつたとはなし得ない。この点について、控訴人の主張事実を認め得る適確な証拠は存在しない。

次に、控訴人は、被控訴人が本件宅地及び家屋を小辻貞一に占拠させて控訴人の使用収益を妨げたと主張するので、この点について考えてみるのに、本件家屋について昭和二一年二月二一日末富久子のため所有権保存登記がなされ、次いで、同年五月一八日、小辻貞一に対する同月一六日の売買による所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、控訴人が、昭和二一年、小辻貞一を相手取つて、山口地方裁判所に、小辻所有家屋の収去とその敷地の明渡、本件家屋で控訴人の所有であることの確認、ならびに、控訴人に対する本件家屋の所有権移転登記手続を求める訴を提起し、右訴訟が昭和三二年七月二九日控訴人の勝訴に確定したこと、小辻貞一が昭和三三年五月二一日右の確定判決が執行されるまで本件宅地及び家屋を使用占拠していたことを認め得るけれども、小辻貞一が本件宅地及び家屋を使用占拠して控訴人の占有を妨げたことについて、被控訴人が共同し或は右につき被控訴人に過失を認め得る証拠は存在しない。かえつて、<証拠>によれば本件家屋は、もと末富清吉の所有であつたが、その子の一郎からその管理を頼まれた属政次郎が、昭和一七年頃、これを小辻貞一に賃貸したこと、その後、小辻貞一は属政次郎を介して昭和一八年一月二五日頃本件家屋をその所有者と称する末富久子から、また本件宅地を被控訴人から代金合計一万六、〇〇〇円で買受けたと主張し、本件家屋につき昭和二一年五月一八日、前記所有権移転登記を受け、以来昭和三三年五月二一日頃まで本件宅地及び家屋を占有していたこと、本件家屋についてなされた前示末富久子名義の所有権保存登記及び小辻に対する所有権移転登記は、被控訴人の出征不在中になされたものであつて、被控訴人の関知しないものであることを認めることができる。

したがつて、右小辻の本件宅地及び家屋の占有或は小辻の管理不十分による本件家屋の腐朽が、昭和二〇年一〇月二二日本件宅地及び家屋の所有権を取得した控訴人に対する関係において所有権侵害の不法行為を構成するとしても、(もつとも、前示の如く、小辻貞一は本件家屋を昭和一七年頃以降賃借していたのであるから、右賃貸借の消滅原因が主張立証せられない以上、小辻の本件家屋の占有は不法行為を構成しない)、被控訴人が小辻の共同不法行為者と認め得ないことは明らかであつて、控訴人の前記主張は理由がない。

そうしてみると、控訴人が、被控訴人に対し、不法行為の責任のあることを前提として、その損害の賠償を求める本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、失当であることが明らかであるから、全部失当として棄却すべきものである。原審における被控訴人の請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条にしたがい、主文のとおり判決する。(松本冬樹 辻川利正 浜田治)

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